“軽油のゲレンデ”を試して見えてきたもの:’16 Mercedes-Benz G350d(w463)《R.M.Brief Test#1》(前編)

ブリーフテスト

「G350d」で往く、1泊2日の伊豆旅行。

記念すべき「Read Mobile」初の書き下ろし試乗インプレッションとなる本記事。
今回は、かねてより気になる存在であった先代Gクラス(w463)のディーゼルモデルを、まとまった距離で試す機会に恵まれた。
今や都内の路上で見かけない日は無い、最も成功した高級オフローダーの1台であるGクラス。
”最強”の全輪駆動メカニズムはトルクフルで経済的なディーゼルユニットと組み合わされ、どのような世界を見せてくれるのだろうか。
果たして「軽油のゲレンデ」の実力はいかに。

「Gクラス」とはどのようなクルマなのか?

本題の試乗インプレッションに入る前に、まずはメルセデスが誇るこの極めてアイコニックなオフローダーについて略歴を確認しておこう。

▲Gクラスには意外にも豊富なボディバリエーションが用意された。街中で見かけるのはロングボディ(右端)が圧倒的だが、ショートモデルの軽快感を好むマニアも多い。一方、カブリオレは日本国内においては極めて珍しい。(Photo: Mercedes-Benz Group AG)

誰もが認めるであろう、最も成功した欧州製高級オフローダーの最右翼の一台とも言える、メルセデス・ベンツの「G」。
V8モデルのG550やAMG・G63などが野太いV8サウンドを響かせ、都内の細い道に不釣り合いなその大柄なボディをねじ込み巧みに走り抜けていく姿は、都心近郊のカーマニアにとってもはやお馴染みの光景とも言える。

Gクラスは1979年に初代(w460)が登場し、44年のヒストリーにしてわずか3回のモデルチェンジを経験しただけの、メルセデス・ベンツ屈指のロングセラーモデルだ。
強靭なラダーフレームに強力な心臓と四角いキャビンを搭載し、ステンレスで飾られた豪奢なスペアタイアケースを背負う特徴的なルックス。Gクラスは、その本格派オフローダーとして第一級の性能はもちろんのこと、その高性能な走破能力をひけらかすことなく敢えて都会のお洒落なアシとして乗り回す…という乗り方を含め、一つの「ステータスシンボル」としても幅広い世代から人気を博しているのはご承知の通り。

その生い立ちに遡るとNATO軍制式の軍用オフローダーの「民生版」としてこの世に生を受けたGクラスは、当初のモデル名を「ゲレンデヴァーゲン(Geländewagen:オフローダーの意)」と言い、1994年にメルセデスの他のラインナップと足並みを合わせる形で現在に続く「Gクラス」に名称が変更された。Gクラスを指し、今なお世間で広く呼称される「ゲレンデ」の愛称はここに由来するものだ。

▲初代「G」クラス…もとい、「ゲレンデヴァーゲン」であるw460シリーズ。向かって左はロングホイールベースのステーションワゴンモデル、右はショートホイールベースのオープンモデルである。オーバーフェンダーも着かないすっきりとした素朴な雰囲気。(Photo: Mercedes-Benz Group AG)

そんなGクラスであるが、正確には純然たるメルセデス製のモデルではない。最近ではBMWのZ4や90系のトヨタ・スープラの製造を行なっていることでも話題となった、オーストリアのマグナ・シュタイア社に製造を委託している本格派のオフローダーであり、過去にはマグナ・シュタイアの前身である「シュタイア・プフ」名義でGクラスのOEMモデルを販売していたこともあった。
これは、ダイムラー・ベンツがNATOからの軍用車開発の依頼を受けた際、既にその当時ハードコアな全輪駆動車の設計ノウハウに一日の長があったシュタイア・プフ社との協業によって、この「ゲレンデヴァーゲン」を開発したことによるものだ。
(正確には初代ゲレンデヴァーゲンの開発にあたってはフランスのプジョーも関わっていたことから、少数ではあるもののプジョー名義で販売されたモデル─プジョーP4─も存在する。)

▲2018年にモデルチェンジを敢行し、形式名は引き継ぎつつもよりモダンになった3代目Gクラス。しかし、個性的な四角いルックスはそのままだ。(Photo: Mercedes-Benz Group AG)

現行モデルは2018年にモデルチェンジした3代目であるが、その「w463″A”」というコードネームが示している通り、建前上は今回インプレッションに供した2代目Gクラス=w463のビッグマイナー扱いとなっている。
とは言え、外観こそ従来のモデルのイメージを色濃く踏襲し、誰が見ても「Gクラスだ」とわかる個性的なアピアランスを獲得しているもののその中身は大きく刷新されており、ボディサイズの拡大を始め、Gクラス初となる曲面ガラスの採用やアルミ素材の多様による軽量化、伝統の「リサーキュレーティング・ボール」ステアリングが一般的な「ラック&ピニオン」形式になるなど、ほぼフルモデルチェンジと呼んで差し支えない内容のものになっている。
既に登場から5年以上が経過したw463Aだが、これまでの「G」のヒストリーと違わず、改良を加えられつつも長いモデルライフで作り続けられることだろう。

テスト車のプロフィール

▲今回の旅行の最初の目的地である三島駅にて。ポーラーホワイトの外装色は清潔感にあふれ、Gクラスの威圧感を幾分和らげる。

今回、都内を出発し伊豆半島を目指す1泊2日の旅行に連れ出したのは、3リッターV6の「OM642型」ターボディーゼルユニットを搭載する2016年式のG350d(車台番号:WDB4633482X259120)。
同年に実施されたマイナーチェンジにより、前年までラインナップされていたGクラス初のディーゼルモデル「G350ブルーテック」に代わり、トルクや最高出力が若干向上したほか内外装の一部に変更が加えられた小変更後のモデルである。

装着されたタイヤは、転がり抵抗を軽減したSUV向けの低燃費タイヤであるグッドイヤーの「EfficientGrip SUV HP01」。

▲グッドイヤー製「EfficientGrip SUV HP01」を装着する足回り。こびりついたブレーキダストは長距離ドライブの勲章だ。タイヤのコンディションは決して万全ではなかったが、タイヤに大きく不満を抱く場面はなかった。

サイズは前後とも265/60R18であり、凡そ6〜7部山といったところ。空気圧の指定は3人乗車(と手荷物)の状態で前後240kPaであるが、行程の都合から空気圧の確認までは至らなかった。サイドウォールの撓みや据え切り時のタイヤの鳴き方から見て、空気圧は相当低かったことが想定されるのが残念だが、このまま行くこととする。
(後述するが、実際の走行フィールとしては、あからさまにタイヤ起因と思われるような不具合は特に見受けられなかった。)

他にも、本車はカーシェアリングサービスの「Anyca」より借り出したシェアカーであり、不特定多数の人間が種々多様な乗り方をしている、ということも評価にあたっては考慮に入れておく必要がある。

工場からラインオフ直後のピカピカの新車、或いは新車から常に丁寧なメインテナンスを欠かさずに今日まで過ごしてきたワンオーナーカー…、自動車というプロダクトの真の実力を公正かつ正確に評価することを目指した時にはこのようなクルマたちを以って判断すべきであって、どのような手入れや乗られ方をしてきたか分からないシェアカーとは評価にあたっては適切な対象では無いかもしれない。

しかし、そんな条件であったとしても、経年で変化することのない車両そのもののパッケージングの良し悪しや設計思想の片鱗には触れることができるであろう。
そのため今回のGクラスについても、経年劣化やメインテナンスの不備に起因すると思われるネガを殊更取り沙汰するのではなく、あくまで「Gクラス」というプロダクト自体に通底する実力を見極めるようテストしていくことを心がけたい。(そしてこれは今後のインプレッションでも同様である)

都内を出発、三島を目指す

▲都内のステーションから借り出す。細い路地に面したマンションの玄関前が駐車場所だが、慣れない人間にとって出し入れは少々厄介だ。

朝8時、赤坂エリアに位置するエニカのステーションで2日間の相棒となるG350dと対面する。
全長4,575mm、全幅1,860mmというボディサイズは現代の路上では決して大柄なサイズではないが、1,970mmの全高と膨張色のポーラーホワイトの外装色も相まって、実寸以上のサイズを感じさせる堂々とした体躯である。
シェアカー故ホイールにはダストがこびり付き、ボディには水垢や擦り傷も散見されるコンディションではあったが、それが却ってGクラスの持つ質実剛健とした「道具感」を醸し出すのに一役買っている。現代のステータスシンボルの一つとも言える「ゲレンデ」を、敢えてビカビカではなく使い倒した雰囲気で乗るのも悪くない。そう思いながら高いステップに足を掛け、Gクラスの車内へ乗り込んだ。

美しいステンレス製のサイドステップは、しっかりとした見た目とは裏腹に足を乗せる奥行きが短く、乗り降り共に多少のコツを要する。Gクラスのオフローダーとしてのアピアランスに華を添える重要なパーツだが、実用上としては「無いよりは…」といった程度なのが正直なところだ。
アシストグリップもAピラー部には装着されていないため、右手でステアリング、左手は逆手にしてルーフライニングに装着されたグリップを掴み、体を引き寄せるようにしつつ少々アクロバティックな姿勢で車内に登り込む。(この乗り込み方が正しいのかは分からない。)
この時点で、あくまでGクラスが軍用車両として開発されたというバックグラウンドを垣間見る気分だ。
時代を経て内外装は一流の豪華さへアップデートされたが、本質的に「おもてなし」や「使いやすさ」が主眼に置かれたクルマでは無いのである。そういうクルマを求める向きには、より乗用車然とした「GL〇」シリーズをどうぞ、というのがメルセデスの思惑なのだろう。

▲ブラックを基調としたテスト車のインテリア。今の目からすると少々古めかしいシートのデザインは、しかし一方でかつてのw124シリーズを彷彿とさせる縫製。豪華なマテリアルはそこかしこにあしらわれているが、全体的に質実剛健といった趣が漂う。

少々苦労しつつ車内に乗り込むと、高く取られた室内高とアップライトなポジションも相まって、運転席からの見晴らしは極めて良好であり開放的。
そんな「開放感」の理由としては、現代の基準としては比較的細いAピラーと平面ガラスながら面積が大きく取られたウインドウ類の影響もあるが、見逃せないのはその着座位置である。
シートそのものがフロアに対して高く設置されていることから、スカットル=インパネ高は相対的に低くなる。それに伴ってドア内張の上端も胸の辺りの位置に来るため、顔を横に向ければ窓ガラス越しの景色が視界に大きく飛び込んでくる。
その結果、ガラスの面積が非常に大きく感じられるため開放感を得られる、というカラクリだ。

早速キーを捻ると、短いクランキングと共にOM642型エンジンが目を覚ました。その始動レスポンスはガソリン車と全く遜色なく、かつてのディーゼル車のような「御作法」や「儀式」のようなものはもはや存在しない。ただ単にキーを捻るだけでOKだ。
ひとたび始動すると、当然ディーゼルならではの「カラカラカラ…」というノイズが侵入してくるが、エンジンルームや室内の遮音がしっかりと施されているためか、ドアやウインドウを閉め切っている分にはノイズレベルは低い。空気伝播音については上手くコントロールされ抑制されているという印象を受けた。
一方で、ステアリングやフロア、シートからはビリビリジリジリとしたエンジン由来の振動(と若干の個体伝播音)が絶え間なく侵入して来る。冒頭に述べたようにシェアカーという特性上マウント類の劣化もある程度は影響しているだろうが、これは設計時からのチューニングに拠るものが大きいと思われる。
ノイズと振動のどちらに重きを置くか。メルセデスの解答としては、不快なノイズを除去することを優先したのだろう。これはBMWのディーゼルモデルとも通じるものがありそうだ。(BMWのディーゼルモデルも、遮音を重視し振動は比較的許容・侵入してくる設計)

▲テスト開始時。オドメーターに刻まれた走行距離は83,000kmを少し超えた程度。

まず最初の目的地である、静岡県は三島市を目指し都内を出発する。
Gクラスを借り出したエニカのステーションは、赤坂駅近郊の路地を一本入ったところにある。
路駐車両がそこかしこに散見されるような狭い道を行くには少々気掛かりなボディサイズではあるが、ボンネット…もといフロントフェンダーに配された存在感のあるウインカーレンズがいい目印となり、ボディの見切りが頗る良いのが嬉しい。コーナーセンサーの類も設置はされているが、高い着座位置の恩恵にも預かり、文明の利器に頼るまでもなく巨大なボディを自分の支配下に置くことができる。
発進してものの数分だが、サイズを感じさせない取り回しの良さが気に入った。

横浜まで下道を走り、友人をピックアップした後は東名高速を使い西を目指す。
お盆休みのシーズンもひと段落したからか、すでに9時を超えているにも関わらず高速の流れは良い。あっという間に新東名に差し掛かる。合法的な120km/h制限区間の始まりだ。

走り出してまず感じるのは、トルクフルなディーゼルユニットがもたらす安楽なドライビング体験である。「G350d」のフロントエンドに搭載される「OM642型」3リッター・V6ディーゼルターボは、2007年と2008年の2年連続で”Ward’s 10 Best Engines”に選出されたことがある、現代のメルセデスを代表するディーゼルユニット。搭載される車種や時期によって若干そのスペックに違いはあるが、G350dのそれはモデルチェンジ前の「G350ブルーテック」に搭載されたものより最高出力・トルク共に増幅されたものとなっている。

▲改良後の「OM642」型3リッター・V6ディーゼルターボユニット。低回転から惜しみなく発揮されるフラットトルクと、ターボチャージャーによるパンチある中間加速が魅力だ。

肝心のフィーリングといえば、1,600~2,400rpmの領域で600Nmという極厚トルクをフラットに吐き出し続ける、ディーゼルならではの「トルクで走る」楽しみを教えてくれるもの。
スロットルペダルをわずかに踏み込むと遠くにバラバラバラ…っと微かなディーゼルサウンドを感じさせながら、怒涛のトルクがクルマを前へ前へと押し出していく。
体のセンサーを研ぎ澄ましてみると2000rpmを超えた領域でターボによる過給が開始されているようだが、80km/hの巡行領域ではタービンを回すこともなく1500rpm前後を保っていれば十分といえるほど。
ガソリン車で例えるならば、5Lの自然吸気エンジンに匹敵するようなトルク感、と言えば良いだろうか。
絶対的なスピードにあまり興味のない、筆者のような人間であれば十分すぎるスペックと言えよう。というか十分速い。

さらに、そんな大トルクに身を任せる安楽ドライビングに輪をかけて長距離の運行を快適にしているのが、アイポイントの高さがもたらす見晴らしの良さである。その視点の高さは街ゆく殆どのSUVと比べても圧倒的であり、寧ろ乗用車の枠を超えて1.5tトラックの運転席からの光景に近い。
前述の通り、乗り込む際には少々苦労させられるGクラスの車高だが、いざ走り出す段となると大きなメリットに変わる。渋滞に巻き込まれても先頭の方まで見通すことができるため心理的負担が軽いのも嬉しいところ。普段は時代に逆行するような背の低いセダン(デイムラー・ダブルシックス)を愛用している筆者としては、この高い視点によってもたらされる快適さは新鮮な経験となった。

Gクラスでの高速巡航は事前の評判以上に快適なものであった一方、欠点が全く無かったわけではない。走り出して早々、筆者が直面したのは「ドラポジが取れない!」という予想外の悩みであった。

▲ドア内張に配置されるパワーシートの調整スイッチはメルセデスが特許を所有するお家芸の一つだ。シート座面脇に配置される一般的なパワーシートスイッチと異なり、各ボタンの持つ機能が目で見て直感的に理解できるメリットがある一方、シートの操作によって乗員とスイッチの位置が相対的に変化してしまうという密かな欠点も持つ。

筆者の身長は175cm、一般的な日本の成人男性の平均身長である171cmを少々上回る程度の、ごくごく標準的な体型である。筆者はドラポジを設定する際「ブレーキを踏み込んだ際に膝が伸び切らない」ということを一つの基準にしている。いつもの通りそうしたポジションを取ろうとすると、左足のフットレストと右足のアクセルペダルへのリーチが遠くなり、それぞれ足の半分程度しか触れることができなくなった。ではフットレストを基準にしたらどうか、とシートを前進させたところ、今度はブレーキペダルが手前過ぎ、フットレストとアクセルペダルへのリーチは自然になったもののブレーキへの踏み替えの際に足首をかなり持ち上げる格好となり、とてもじゃないがリラックスした運転が可能ではなくなってしまう。その後も試乗の最中にあれこれポジションを調整してみたのだが、終始満足いくドラポジを見つけることは出来なかった。

そして、これは事前に十分予期できることではあったが、切り立ったフロントガラスやスクエアなキャビン形状の影響もあって、風切り音が盛大であったことも挙げておこう。
そもそも設計の段階から空力など考慮に入れていないようなクルマで風切り音云々を取り沙汰するのも野暮な事とは分かっているが、100km/hを超えたあたりから如実に空気抵抗を感じ始め、新東名の120km/h区間に差し掛かると「騒音」と言っていいレベルでごうごうと音を立て始めるのには閉口してしまった。トルクフルなパワーユニットと望外に躾のいいステアフィールと相まって高速巡航が快適なスペックを持っているだけに、見逃すことはできないネガの一つだと言えよう。
(w463Aへのモデルチェンジの際、伝統であった平面ガラスに見切りを付け3次曲面のガラス類を採用したところを見るに、かねてより顧客からの不満は大きかったのだろう。)

そうこうしている内に、気がつくと最初の目的地に程近い沼津ICまで到着した。
クルマにさして興味のない友人達からも、Gクラスでの高速移動は快適であったと口々にコメントがあった。
先ほど述べたネガも、風切り音の一件を除けばドライバー以外にはさしたる問題でもあるまい。
老若男女を魅了する「ゲレンデ」の神通力は大したものである。

高速を降り、もう一人の友人をピックアップするために三島駅を目指す。
久しぶりに会う友人と旧交を暖めつつ、三島駅前の鰻屋で腹ごしらえと行こう。

▲香ばしい匂いに誘われるようにして入店した、三島駅前の「うなぎ源氏」にて。ふわりとした身とパリッと焼き上げられた皮目が食欲をそそる。

三島から伊豆半島を南下し宿泊地へ

三島で鰻に舌鼓を打った後は再びGクラスを駆り、本日の最終目的地である西伊豆町のホテルを目指して伊豆半島を南下していく。途中、浄蓮の滝を始めとする特徴的なランドスケープがいくつか点在しているため、筆者と違い旅慣れた友人の案内の下それらを経由しつつ目的地に向かうことにする。

出発してまず目指したのは、伊豆半島のちょうど中央近くに位置する「筏場(いかだば)のわさび田」という伝統的なわさび田。
アブラナ科の植物である「わさび」の生育には、一年中を通して温度変化が少なく清浄で潤沢な湧水が欠かせない。日本各地を探してもこうした条件に適合する土地は少なく、今回訪れた静岡県の伊豆半島はそんな数少ない生育に適した場所の一つだ。
半島内にはわさび田が各所に点在しているが「筏場のわさび田」は総面積 14.7ha、わさび田の枚数は1500枚と、伊豆半島でも最大級の規模を誇る。
平均標高355mの地点に位置するわさび田を目指して、狭隘な県道59号線をGクラスで分け入って行く。

出発早々、都内の道を走り始めた時から感じていたことだが、Gクラスの美点の一つはそのステアフィールにある。今では少なくなった「リサーキュレーティング・ボール(RB)」方式のステアリングを採用するw463型Gクラスのステアフィールは、そのがっしりとした体躯から想像つかないほど繊細かつ正確なもの。

▲操作することに快感を覚えさせるGクラスのステアフィール。採用されているRB方式のステアリングは、かつてEクラスやSクラスでも採用されていたことがあるメルセデス伝統のメカニズムである。「最善か無か」の血統は、実はこんなところに息づいていた。

切り始めからしっとりとした反力が立ち上がり、スルスル…とえも言われぬ摺動感で滑らかに回っていくフィーリングはRB方式ならでは。中立が明確に重くなっているような味付けはされていないが、肩肘張ることなく自然と真っ直ぐ走らせることができる上、直進状態から旋回状態に移行する過渡領域でも操舵力に変化がなく、オーバーシュート(切りすぎ)や修正舵を加える必要がない。ステアレシオについても決してクイックではないが、大柄な車体を車線の1cmを狙って寄せられるような正確さを兼ね備えている。

そんな気持ちのいいステアフィールを堪能しつつ、低回転からこんこんと湧き出るディーゼルならではの分厚いトルクに身を任せながら迫り来るコーナーを無心に対処しているうちに、気が付けば自分が想像しているよりもずっと良いペースで果敢に山坂道を攻めていることが分かる。

高い重心高とバネレートの低い足回り、そしてコンプライアンスの大きく取られたブッシュ類。
Gクラスのオフローダーとしての素性がこうしたシチュエーションでは裏目に出るかと思われたが、想像以上に良く粘る足回りと前述の素直なステア特性も相まって、ワインディングをものともしない機動力を備えていることは嬉しい誤算であった。
コーナー侵入時のロールスピードこそグラリと速くロール角もそれなりだが、そこから舵角を増していった時に腰砕けになることがなく、ドライバーが適切な舵角を与えることさえできれば美しいシュプールを描きながら綺麗にコーナーを抜けていくことができる。一発で舵角が決まった時の快感はクセになりそうなほどだ。
まだ都内を出発してから数時間・百数十キロしか時間を共にしていないにも関わらず、まるで長年付き添ってきた相棒のような一体感を感じながら県道59号「伊東西伊豆線」でのツイスティな山坂道ドライブを楽しんでいると、あっという間に目的地の「わさび田」へと到着した。

▲これが「筏場のわさび田」。東京ドーム3個分以上、約18haの広大な敷地に1,500枚のわさび田が広がる風景は圧巻。
▲「わさび田」とGクラス。クールな印象のポーラーホワイトの外装色であるが、緑豊かな風景にも嫌味なく溶け込む品のいいカラーリングである。

「伊豆半島で最大級の規模」という前評判通り、眼前に1500枚のわさび田が広がる様子は圧巻のひと言。『静岡県棚田等十選』なるものにも選出されているようだが、土曜日の日中であるにも関わらず人影はまばら。辺りを鬱蒼とした森が覆うこともあり、少々秘境感のあるスポットである。
先ほど述べたように、わさびの生育にあたっては一年中温度変化が少なく、清浄な湧水が潤沢に存在することが重要な条件となっている。そのため、わさび田の周辺は心なしかひんやりとした澄んだ空気が漂い、辺りを散策すればちょっとした避暑の雰囲気を味わうことができる。
近隣の有名観光地「浄蓮の滝」の影に隠れ、文字通り「日の当たらない」隠れた存在となっているわさび田であるが、近くを訪れる際はぜひ一度足を伸ばされることをおすすめする。

▲「わさび田」に続く県道59号「伊東西伊豆線」にて。今やすっかり洗練された「都会派オフローダー」となってしまった感すらあるGクラスだが、やはりこういう風景がよく似合う。

筏場のわさび田を発ち、「浄蓮の滝」を目指して先を行く。
わさび田から浄蓮の滝はさほど離れておらず、先ほど来た県道59号線をそのまま引き返しつつ20分ほどの道のりだ。

相変わらず絶品なGクラスのステアフィールに感心しつつ、グイグイと山坂道を登っていく。
ここで少し、トランスミッションの変速マナーのチグハグさが気になった。
G350dに搭載されるトランスミッションは「7G -TRONIC PLUS」と呼ばれるトルクコンバーター式の7速オートマチック。平坦路を通常走行している状況ではショックの少ない優れた変速マナーを示し、メーターを注視していない限りは変速していることにすら気づかないほどである。
7G トロニックは2003年秋の登場当時、量産車用としては世界初となる7速オートマチック・トランスミッションであった。「PLUS」となるにあたり新たにトルクコンバーターや油圧回路が再設計されてはいるが、多段化・高性能化目覚ましいトランスミッションの世界において今では決して目をひくようなスペックを持つわけではない。しかし、そのショックレスなフィーリングは今日の目から見ても決して見劣りするものではなく、高級車用の多段・自動変速トランスミッションとしてはまさに必要にして十分な実力を備えていると言えよう。

▲現行モデル(w463A)ではコラム型のシフトレバーとなったが、今回テストしたGクラスは一般的なフロアシフト。とは言え、2012年のMCをきっかけにメルセデス伝統のスタッガード(ゲート)式シフトレバーに別れを告げ、電子式シフトノブを採用している。選択しているシフトポジションに関わらず、スプリングの反力によってシフトノブが中立に戻されるプリウスと同様の方式だが「直感性」に乏しいのが難点。

そんな7Gトロニックであるが、こと車両に負荷のかかるアップヒルをメインとするステージに持ち込んだ際の変速マナーが少々気になった。
アクセル開度一定のまま登り基調のコーナーに侵入、そのまま開度を保ったままコーナーを脱出しようとした際、わずかに下がる車速に応じてほんの少しモア・パワーを求めてスロットルを数mm踏み込むと意図せぬタイミングでキックダウンしフロントエンドからエンジンのがなり声が聞こえてくる。
もう少し同じギアを保ったまま加速したいだけのドライバーの意図とクルマ側の制御が噛み合わず、結果的にキックダウンを繰り返しやきもきするようなシーンが多かった。
当然7Gトロニックには学習機能が備わっており、同一オーナーではなく不特定多数の人間があらゆる運転操作をするシェアカーという特性からもよく躾けられたフィーリングを期待することは酷であるが、もう少し右足の意図を汲んだ変速を期待したいところではある。

▲視認性に優れたシンプルなレイアウトの計器類。高級時計のような装飾的なものではないが、必要な情報を瞬時に読み取ることができる。

さらに、ステアリングに装着されたパドルシフトを用いて手動変速を試みた際の、もっさりとした変速スピードも惜しいところ。Gクラスは決して電光石火のシフトチェンジを求めるような車種ではないし、そうしたフィーリングを好む向きであれば同じAT車でもDCTのようなダイレクト感のあるトランスミッションを搭載するクルマを選ぶべきだが、小気味よくギアを選択しリズミカルにコーナーを抜けていきたいような場面においては、ほんの少しの挙動ズレが操作する側のストレスにもなるのも事実だ。
尤もこれは、メーター側の挙動をもう少しクイックにすることで幾分改善されそうではあり、実際のドライバビリティにとっては大きな問題ではない。
(=体感の変速スピードは身体で受けるシフトショックもさることながら、タコメーター盤面を動く針の振る舞い如何によっても大きく左右される)

そんな細かいフィーリングの良し悪しが気になってしまうのがクルマ好きの悲しい性であるが、先ほどから述べているように路面状況の劣悪な県道でもGクラスのライドフィール自体は極めて良好。かなりのハイペースで山を上り下りしてきたが、同乗者からは不満の声ひとつ上がらない。
また、空気圧や摩耗の状態を含めコンディション万全とは言えないSUV用低燃費タイヤが装着されているにも関わらず、特段タイヤ起因と思われるネガを示すようなことも無かった。

ほどなくして本日最後の観光地である「浄蓮の滝」に到着した。
筆者が浄蓮の滝を訪れるのは今回が初めてではないが、いつ見ても荘厳で美しい瀑布である。
激しい勢いで滝壺に叩きつけられた清流からは白い水飛沫が止まることなく溢れ、滝から数十mはゆうに離れているこちら側にも冷たいミストが絶えず降り注いでくる。
ここ数年でも一番の酷暑を誇る今年の夏の暑さにすっかり疲れ果てていた身にとって、天然のミストシャワーの涼しさが堪らなく心地良い。

▲見学ルートの端から浄蓮の滝を望む。高さ25m、幅7mを誇る滝のスケールの大きさは、何度見ても迫力満点。
▲滝から続く川では、ごつごつとした岩と鮮やかな苔が美しい景観を織りなす。激しい勢いで岩とぶつかり白い飛沫を上げる風景はとても涼やかだ。

浄蓮の滝の見学を終えたタイミングと前後するようにして、突如にわか雨が降り出した。
雨量は決して多くは無いが、足場の悪い滝周辺を歩くには少々心配である。
とはいえ、幸い本日予定していた行程については全て終えているので大した問題になることはなかった。まだ日の出ている明るい時間帯ではあるが、滝から1時間ほど離れた距離にある西伊豆町に位置するホテルを目指して移動し、1日目の行程を終えることとしよう。
<後編へ続く>

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